三船十段の空気投げに魅せられて

「手も足も触れずに相手を倒すことは出来ないだろうか。」

かつてこれを本気で考えた柔道家がいた。柔道の神様とも呼ばれた三船久蔵十段である。

組む競技の柔道で神様とまで呼ばれた人物が相手に触れずに倒そうと発想すること自体が通常ではない。

実際三船十段も著書の中で「どうしても無理だった」と振り返っているが、試行錯誤を続けて最低限の接触で投げられるようになったのが『空気投げ』(正式名称は隅落)だ。

幻の技ともいわれる空気投げが三船十段の言わば妥協の結果だとみると何とも面白い。

■空気投げとの出会い

2013年頃、動画サイトのおすすめ動画に出てきたのが三船十段の映像だった。小柄な老人が大男を見事に投げている姿は武術の稽古をしていた私にとって理想的な姿に映った。それに”空気投げ”という名前の響きが気に入って、空気投げを研究することにした。

■研究開始

研究を始めたものの武術の稽古仲間を相手に見よう見まねで試してもなかなか出来なかった。そもそも三船十段が柔道家なのに私が柔道技を知らないのでは話にならないと思い、たまたま見つけた町道場に入門して小学生と一緒に柔道を始めた。初心者アラフォーおじさんとの練習は小学生にはやりにくかっただろうが、小学生向けの説明は丁寧で基礎から投げ技を学べたのはよかった。空気投げのヒントを求めて岩手県久慈市の三船十段記念館を訪ね、”崩れ隅落”と説明のある写真が捨身技の”横落”に似ていたので調べて参考にした。

空気投げが出来るという条件を手順の理解だけではなく「柔道の試合か乱取りで黒帯相手に成功させる」と設定して研究を進めた。

■多様な武術からの学び

有難いことに空気投げ研究家を名乗ってからは稽古仲間や武術の先生方からも空気投げのヒントを教えて貰えるようになった。

・空手の形稽古から動きの連動と必然性

・剣術から半身の体捌き

・手裏剣術から重さの乗せ方

・中国武術から姿勢と全身の連動

・古流柔術から脱力

・合気道からはぶつからない体捌き等々

あげれば数えきれないがそれぞれの稽古で教わったものを材料にして研究を続けた。

■空気投げの定義と発見

私は空気投げを三船十段の隅落に限定せず「相手との接触を手のみとして捨身をかけずに投げる技」として定義している。すると浮落や古式の形の曳落も空気投げの定義に当てはまる。この2つ、形は似ているが主に相手の腕に作用させる力の方向に違いがあるとわかった。これら柔道にある技、教わった技、研究過程で発見した技を整理すると空気投げは現在10種類。まさかこんなに出てくるとは思わなかった。

■空気投げ研究の今後

柔道では二段をいただき、多くの協力を得て空気投げが黒帯相手の乱取りで成功するに至ったが研究に終わりはない。空気投げの体捌きで木刀を扱うと鍔迫りで相手に押し負けない効果があったり空気投げの姿勢で拳を突くと思わぬ威力が出たりと逆の発見も多くあり興味は尽きない。この先、手も足も触れずに相手を倒すという三船十段理想の空気投げのやり方がわかる日がくるかもしれない。

2021年1月